Archive for 1月 2012

息を吸って吐き出すように音楽を吸って吐き出そう

インターネットジュークボックスなるサイトを知った時、瞬間的に考えたことをつらつらと。

私、ちょっとした遊びを始めました。

 去年から今年に変化するタイミングにあわせ、新たに始めたことがいくつかある。それらを、ちょいちょいと実践しているところである私。今日はそれについて書いてみようと思う。  一人遊びで完結しているものがほとんどなのは、まずは自分でという思いがあるからだろう。こういうことを続けていくと、面白いことを考えて実践する場は、やはり自分が一番であるということに気付く。まずは自分でやってみるという試み。だって気持ちが良いんだもの。誰かれに迷惑をかけるということもないし、どういう風に進めるかも自分で決めることが出来るのだから。素敵じゃないか。自分が楽しかったら他の人に勧めても楽しいだろうなぁなどと思って勧めることもまぁあるけども、やはり一番の実験者は自分である。ということで、今もなお、続けているところだ。  冒頭の写真も、その中の 1 つ。  1 日に 1 つの名前を考え、それを胸にその日を過ごしてみようという遊びをやっているところだ。手に名前を書いているのは、いざ思い出そうとした時に思い出せないからという理由である。  今年用の手帳を新調した際に使わないページが出てきたことが切っ掛けで、この遊びは生まれた。ライフログ的な使い方をしようと思い手帳を買ったのはいいものの、その使い方だと見開きで 1 ヶ月分の予定を書き込むページがどうしても不要になってしまう。で、どうにかしてここを使いたいなぁと考えた結果が、さきほどの名前遊びなのである。  毎朝、1 日 1 人分の名前が書かれた見開きページを見て、手に書き記す。その日にその名前の人に出会えたら面白いよなぁとワクワクしながら、書く。毎朝の儀礼。これがこれで…たまらない。  現在、5 月分までの名前を記入済みだ。思いつきだけで網羅された、空想の名前たち。暇をみて、今年分の全ての名前を書くつもりである。  この名前の人に出会える確率はそこまで低くはないだろうと、希望を持っている。1 人ぐらいは偶然に出会えないかなぁとワクワクしている最中だ。また、友達や家族の誕生日にかぎっては、その名前が入るので、空想の名前は作っていない。その日は、友達や家族の名前を手に書いて過ごす予定である。1 日のうちに何度もおめでとうを言ってみる。1 度だけしか言ってはいけないというルールもないだろうから。心の中で想うのも良しだ。遊びの中での小休止的存在のようにも見えてくる。  今日、1 月 30 日の名前は、川口けんご となっている。誰なんだって思うし、どこにいるんだとも思う。この人にもしも出会えたら。大興奮でこの話をするんだろうなぁ、きっと。楽しみである。

傾向と対策と感想と。

 現在、世界的に大変なことが起こっています。主に経済危機が気になるところで、様々なニュースを見ていくとユーロだけではなく日本もまた、数年以内に修羅場が訪れるだろうということが読めてくるのではないでしょうか。  そんな中、このブログを発見しました。 今、日本で起きていることの傾向と対策。-カジケンブログ  そうです。こういうことです。ここまで簡潔かつ正確に書かれていると、内容とは逆にスッキリしてしまいますけども。  さてさて。これを読んで、どうするか。バスの中でこのブログを読んだのですが、それから家に辿り着くまでずっと、このことを考えていました。  尾道に引っ越してきてから早いもので 8 ヶ月ほど。その間、暇をみては散歩をし、色々な会社を見て回っています。その時によく思うのは『 この会社は、10 年後 20 年後に果たして残っているのだろうか 』ということだったりします。これだけの先行き不安の中で、会社の存亡が判断出来るかといったらまず不可能でしょうが、考えるのは自由ですし、脳味噌の体操にもなるので良い思考運動にもなっています。  そういう中で、先程のブログを読んでいくと…。やっぱりなぁというか、これまでの常識が通用しないのが常識になるんだという思いが、一段と強くなってしまいました。  「 グローバリゼーション 」「 デジタル化による既存産業の変革 」( ブログ内より引用 )という、今のところ何となく見えている部分の変化は、みなさんも感じていることでしょう。私もうすうすですが、感じています。  しかし、私の中での一番の驚きというか、今後もっとも考えていく必要のある部分が、このブログに書かれている「 もう一つの変化 」という部分だと思いました。 さて次は議論が分かれるポイントですが、実はもう一つの変化が起き始めています。 それは、 3つ目。貨幣そのものの価値下落。 円高とかユーロ安とかそういう為替の話ではありません。「お金」という現代社会で最も重要な存在の価値が昔に比べて下がってきている。 ( 今、日本で起きていることの傾向と対策。-カジケンブログ内より引用 )  そうです。貨幣価値の低下です( このブログの作者であるカジケンさんは、マズローさんの図を用いて簡潔に説明していますので、そちらを参考にしてください )。  カジケンさんは、議論が分かれるポイントだとおっしゃってますが、私は凄く納得してしまいました。今後の変化していく内容を鑑みても、この変化は避け様のないものに思えて仕方ありません。  また、それらを考えていく中で、ソーシャル・キャピタルという言葉も思い出していました。 ソーシャル・キャピタル 基本的な定義としては、人々が持つ信頼関係や人間関係(社会的ネットワーク)のこと、と言って良い。上下関係の厳しい垂直的人間関係でなく、平等主義的な、水平的人間関係を意味することが多い。 …( 中略 )概念を端的にいえば、「社会問題に関わっていく自発的団体の多様さ」「社会全体の人間関係の豊かさ」を意味するといえる。あるいは地域力、社会の結束力と言ってもよい。多くと友人と付き合うか、地域のスポーツクラブのような組織に属しているか、公の問題を討議できる団体に入っているか、近所の人と雑談するかなど「顔の見える付き合い」すべてを指すといっても過言ではない。… ( Wiki より引用 )  カジケンさんのブログにもあるように、こういった部分はお金では成り立たない世界です。また、昨今の SNS ブームが人との接し方を変えつつあるのかなぁと思っていましたが、貨幣価値の低下という部分にも影響を与えていきそうだとも思い始めてきました。  では、これらにいかにして対応するか。カジケンさんは「 ではどうすればよいのか? 」という項目で、4 つの方向性を挙げています。その中で私が選んだのはこれでした。 3) 価値観変えてみる x 能力は自信なし [...]

本を読んだ上での感想分。

 博士が愛した数式。今日、読み終わりました。  記憶が 80 分しか保てない元数学教授。家政婦派遣会社に勤める主婦とその息子、3 人の物語です。  映画化もされていると思いますが、どちらも未体験な私は今回、小説の方にチャレンジしてみました。  いやぁ、凄い面白かったです。  しんみりとしんみりと、最後までしんみりとしているように感じました。家政婦の視点で進むんですけど、博士に対する心境の変化もさることながら、数学そのものの話もとても面白かった。私自身、数学が好きだったのもあって、その部分でも何度も唸ってしまいました。やっぱり面白いよなぁ、数学って。うん。  博士の数学に対する愛情もまた、好きでした。中学生時代、◯◯を証明せよという問いが好きで、受験中でもそればかりやっていたのを思い出してしまいましたね。うん、色々と痺れるところが多かった物語でした。  描写にしろ比喩にしろ、表現がうまいなぁと思いながら読み進めていたんですけど、私が一番に気に入った部分はやっぱりこれ。空気感でした。  空気そのものまで目に浮かぶような描写が本当に上手いなぁと。3 人の身の回りに流れる空気と心境の中の空気、その両方がとても心地よかったというか。家政婦の語り口調も、それに貢献していたようにも思えますし、見事でしたよね、これは。物語自体の起伏もさほどない中での、この空気感。むしろ、空気感でなんとかなってたんだじゃないかというぐらいでした。感服しました、はい。  いやぁ、凄い面白かったです。  物書きでいこうとしているからには、やはり学ぶべき部分が多い本というのは嬉しいものです。参考にすべき部分も吸収すべき部分も多かったので、活かせていければと思います。うん、活かさないとね。  また、初めて接する著者に関しては少なくとも 3 冊は読むようにしています。1 冊だけで判断するのは失礼なのかなぁと思いつつ、そうしているのですが、この方の本は 1 冊で十分じゃないでしょうか。他の本も読んでみたいと思ったのは言うまでもないんですけどね。はい。  さて、次は何を読もうかなぁ。

Space, Color, Blue.

 よりどころ、にげばしょ、たよりどころ。  家族だったり恋人だったり。音楽だったり読書だったり。風景だったり場所だったり。  遠慮なく飛び込める。好き勝手に安心できる。  伝えたいときに伝えよう。思ったときに、感じたときに、伝えよう。  抱きしめたいと思ったときに、そう感じたときには、是非ともそうしよう。  時間はさっていく。薄ら笑いを浮かべながら、さっていく。  いま、そのとき。  なんとなく、ではなくて、しっかりと歩いていこう。  今更だとおもってもいい、しっかりと前を見ていこう。  いつだって、頼れるところが、ある。  さぁ、いこう。