Archive for the ‘diary*’ Category

生きるか死ぬか、楽しいか苦しいか。

前向きに生きようとすること自体、常に正しいとはかぎらないかもしれないが、今の私に兎に角、進む道をただ歩き行くだけである。…

語らいあう 2 人。

昨日、自分に課した宿題を終えた感想などをつらつらと。…

とある 1 日。

 昨日の日曜日、パソコンも携帯電話も見ない 1 日という風に設定していた為に、このブログも更新していなかった。ただ、ブログに載せる文章は書いていたので、ここにそれを掲載したいと思う。ある 1 日の日記の様なもの、だ。

私、ちょっとした遊びを始めました。

 去年から今年に変化するタイミングにあわせ、新たに始めたことがいくつかある。それらを、ちょいちょいと実践しているところである私。今日はそれについて書いてみようと思う。  一人遊びで完結しているものがほとんどなのは、まずは自分でという思いがあるからだろう。こういうことを続けていくと、面白いことを考えて実践する場は、やはり自分が一番であるということに気付く。まずは自分でやってみるという試み。だって気持ちが良いんだもの。誰かれに迷惑をかけるということもないし、どういう風に進めるかも自分で決めることが出来るのだから。素敵じゃないか。自分が楽しかったら他の人に勧めても楽しいだろうなぁなどと思って勧めることもまぁあるけども、やはり一番の実験者は自分である。ということで、今もなお、続けているところだ。  冒頭の写真も、その中の 1 つ。  1 日に 1 つの名前を考え、それを胸にその日を過ごしてみようという遊びをやっているところだ。手に名前を書いているのは、いざ思い出そうとした時に思い出せないからという理由である。  今年用の手帳を新調した際に使わないページが出てきたことが切っ掛けで、この遊びは生まれた。ライフログ的な使い方をしようと思い手帳を買ったのはいいものの、その使い方だと見開きで 1 ヶ月分の予定を書き込むページがどうしても不要になってしまう。で、どうにかしてここを使いたいなぁと考えた結果が、さきほどの名前遊びなのである。  毎朝、1 日 1 人分の名前が書かれた見開きページを見て、手に書き記す。その日にその名前の人に出会えたら面白いよなぁとワクワクしながら、書く。毎朝の儀礼。これがこれで…たまらない。  現在、5 月分までの名前を記入済みだ。思いつきだけで網羅された、空想の名前たち。暇をみて、今年分の全ての名前を書くつもりである。  この名前の人に出会える確率はそこまで低くはないだろうと、希望を持っている。1 人ぐらいは偶然に出会えないかなぁとワクワクしている最中だ。また、友達や家族の誕生日にかぎっては、その名前が入るので、空想の名前は作っていない。その日は、友達や家族の名前を手に書いて過ごす予定である。1 日のうちに何度もおめでとうを言ってみる。1 度だけしか言ってはいけないというルールもないだろうから。心の中で想うのも良しだ。遊びの中での小休止的存在のようにも見えてくる。  今日、1 月 30 日の名前は、川口けんご となっている。誰なんだって思うし、どこにいるんだとも思う。この人にもしも出会えたら。大興奮でこの話をするんだろうなぁ、きっと。楽しみである。

違いを言葉に表すならば刹那という単語を選ぶだろう

 ここ数ヶ月、いや、ここ数年だろうか、私と同様の境遇に遭遇している方がいる。その方と私の関係は、赤の他人という位置づけなのだが、まるで双子のような関係に思えてしまうから不思議だ。その共通項たるものは大小様々であり、話を聞けば呆気にとられることは間違いないと思う。  包丁で指を怪我したらその方もほぼ同タイミングで同様の怪我をしていたり、私がヘルパーの職業訓練校に通い始めたら、その方もほぼ同期間中に通っていたということもあった。住んでいる場所も違う、そういう話を事前にしているわけでもない。ネットで知り合って、ネットで会話をし続けているという関係。互いの住居地が遠いため、リアルに遊んだりするのは年に一度あるかないかといった関係。なのに、これだ。  Twitter でつぶやこうかと思い TL を見ると、同様のつぶやきを数秒違いでその方が披露している。そんなことも多々あった。勿論、私が同様のつぶやきを披露することはない。凄いな、またか。そう思って、他のつぶやきを流し読みする。そういう不思議な関係を保っている方が、私の身近に存在している( ここでふと思ったのは、私だけの話ではないのだろうなということ。あなたにも言えることでないかということである )。  Twitter 上で、そういう方を見かけてはいる。つぶやく内容も、つぶやく頻度も、Twitter の接し方も捉え方も、同じ路線で進んでいるように思える方々がいる。前出の話と違うのは、同タイミングでそれらが発生しているのではないということで、A さんは ここまで進んでいる、B さんは A さんが辿った道のここらへんまで進んでいる、という風な状況だ。これもこれで、そういう道筋を辿っていくのか、とても楽しみなところであったりする。  十人十色という言葉がある。だが、色の中には、青にかぎりなく近い青というものも存在する。だから、そういう意味では千差万別という言葉の方が適しているように思える。夕食中にふと、そう考えたのだった。