Posted on 2012/01/17, 10:36 PM, by Kazuyuki Hidaka, under
diary*.
起床と共に iMac を立ち上げ、ニュースサイト等を見ながら朝食をとる。就寝の瞬間を迎えるまで、iMac や iPhone、または読書といったものを含め、ひたすらに文字を読み続ける。 朝から晩までの長い間、膨大な情報量を私は追い求めている。そこに、思考という名の行動は含まれているのだろうか。 悲しいかな、答えは No だ。 読書をする気がない時に本をめくると、文字を読まずに文字を見てしまうという状態に陥りやすい。文字の上をただ見続けているだけという状態。全く意味をなさない状態だと思っていい。 今の私は、まさにこの状態だ。モニタ上の文字を読む、リンク先をぼんやりと眺めマウスを叩く、新しく映し出された情報、そして、またも新しい文字を追ってゆく。 これ自体、誰かに言われてやっているのではない。そう、能動的な行動だということも問題だ。 何に追われているのか。何を求めているのか。パソコンから得る情報が問題なのか、全体的に問題なのか。 昨日の食事の内容を思い出す自信はあるが、昨日得た情報の内容を思い出せる自信は、ない。思考するという我が能力はどこにいってしまったのか。 自覚症状があるだけマシなのかもしれない…薄っぺらい言葉が寒い部屋の中を彷徨う。鼻で笑う元気もない有様だ。 前々から言っていることではある。週に 1 度の、情報に触れない日を設定しようということも考えてはいた。だが、気がついた時にはモニタ上に文字が映し出されているのだ。拒否するという明確な意志がなければ、この状況から逃れる術はない。それだけは確かなことのように思える。 これが、先人の夢見た未来なのか。 この言葉が大げさなものに聞こえるうちが花だ…彷徨う言葉達で、我が部屋は埋まってゆく。
Posted on 2012/01/15, 10:47 PM, by Kazuyuki Hidaka, under
diary*.
今年、久しぶりに年賀状を書く事にした。 十数枚の年賀状を買ってきて、机の上に載せた。何を書こう。久しぶりというのもあって、2 日ほど悩んでしまった。普通に書いて普通に出すのも何だし、やっぱり何かしら面白いことをしたい。そう思った時に、以前からやりたかったことを思い出した。 年賀状を出そうと思った元々の理由は、去年の暮れ頃まで通っていた職業訓練校のみんなに出そうと思ったから。年が開けたら新年会をやろうぜーという話を、学校が終わる頃から話題にする程に仲の良い方々。その方々へ出そうと思ったのである。 それらを全て足していった時、私の脳内は炸裂した。思い出したアイデアを足して炸裂した結果はこうだ。 ・ある程度の量の物語なりエッセイなりを作って、それを十数枚上に書き込む。 ・小説の 1 ページを十数枚で分割するイメージ。 ・十数枚が集まって初めて物語が読めるように作る。 ・ 1 枚の年賀状では意味が分からないようにする。 ・新年会でみんなに持ってきてもらって、その場で読む。 これだ。こういうことを以前からやりたかったんだ。 以上のことが今まで出来なかった理由は幾つかあげられるが、やはり年賀状を持ち寄る機会がなかったということが一番だろうと思われる。仲の良い友達同士だったら可能かもしれないが、たかだか数枚の年賀状では無理だ。枚数が少ないと筋書きがバレやすくなるし、逆に短すぎる物語はあまりに面白くない。何しろ、アイデアが活きてこないだろう。 ということで、今年の年賀状はそれが出来る環境であったというわけだ。 いつ頃に思いついたアイデアかは忘れてしまったが、今年、それがようやく実現できた。後は、みんなで持ち寄って、物語を楽しむだけ…そうなのだ。まだ新年会を開催していないのである。 来月にやろうぜーという話にはなっているのだが…不安だ。ここまできて出来ないなんてことになったら、切ないどころではないぞ、みんな!みんなも読みたいだろう?きっと、読みたいはず、だ…。 実現出来なかった場合は、全文を掲載した年賀状を送り直すということをするぞ、私は。それがこのアイデアの行き着く先の 1 つだろうしな、うん。 でも、できれば実現したいよなぁ。出来るかなぁ。結果は、もちろん、このブログで公表する予定だ。ハッピーなエンドですめばいいけどなぁ。うーむ。
私は、中長期的な目標を立てて突き進んでいこう!なんてことを口にするような人ではありませんが、幾つかの期限付き目標みたいなものはもっていたりします。オリジナル雑誌などもそうです。あれは年に 4 冊のペースで刊行するということでやっています。 で、そんな中での新しい目標と言うか、はっきりと締切のようなものが決まっているものがあります。というか、出来ました。【 オリジナル短編小説 執筆者募集 】これであります。 私が尾道に引っ越した理由として、景観の良い街としての尾道に惹かれたというのもありますが、やはり 1 番の理由は【 文学の街だから 】でしょう。これが引っ越す気持ちを力強く押したのは間違いありません。 また、これまでの読書生活を振り返ってみても、私が好むジャンルはやはり【 フィクション 】です。妄想の世界を堪能することが、日常における呼吸という動作と同等のものと言ってもいいぐらいです。 そんな世界を、私自身で 1 度は作ってみたいと前々から思っていたところに上記の募集です。これはチャンスでしょう。字数も多くなく、頑張れば素人の私でも制作出来そうな量です。やってみる価値はあると判断しました。 今回の募集されている舞台は尾道の作品です。長年、住んでいる人の目線ではなく、新しく引っ越してきた人目線で攻めたいと思います。締切は今月の 23 日。がつがつと MacBook Air で制作してみたいと思います。 さてさて、やりまっせぇ。
Posted on 2012/01/11, 10:48 AM, by Kazuyuki Hidaka, under
diary*.
今年に入ってから始めていることの 1 つに、ベジタリアンでいこうぜ!がある。一口にベジタリアンと言っても色々あるのだが、私はその中の【 肉と乳製品を摂らない 】ベジタリアンを実践中だ。 これを始めてから、食べ物が何で出来ているかを調べるようになった。これまで、いかに知らずに食べていたかを痛感しっぱなしである。 そんな中、昨日の昼間に驚く事がおこった。 友達が遊びに来るという話になり、チョコレートを買ってきて欲しいとメールをしたら、その返信の内容に『 チョコレートは食べれるの? 』と書かれてあったのである。そうなのだ。チョコレートも駄目なのである。 『 チャーハンを作るのに卵が使えない 』という驚きに次ぐ驚きである。ブラックチョコレートだろうが食べれない。基本として卵を使っているのだ。 チョコレートだけではない。私たちは凄い量の乳製品を食べていることに気付く。ちくわ、さつまあげ、バームクーヘン、そして、何気なく食べている朝食のパンもそうだ! そうだよ、パンも駄目じゃないか。 何で出来てるか調べ始めたとはいえ、あまりに近い食べ物は調べていなかった。近いものというか、習慣化されているものに対してだ。それがまずかったのだろう。パンのことはまったく頭になかった。そうだよ、立派に卵を使ってるじゃないか。 まいっちんぐだ。まいっちんぐ。ライフスタイルが変わり過ぎる。尾道に引っ越してきてから、朝食はパンと決めてきたのだ。それすらも変更ということになる。 …ベジタリアン、舐めてたね。丁度、食パンも切れてるから、明日の朝食から変更ということにするかな。ベジタリアンの方のブログとか見てると、朝はフルーツ!なんて方もいらっしゃるみたいだから、それもそれで調べてやってみるかな。 朝はバナナ 1 本です!なんて。ダイエット中かなにかですか?うーん、凄いぜ、ベジタリアン。
Posted on 2012/01/09, 10:41 AM, by Kazuyuki Hidaka, under
diary*.
Twitter を使う中で、昨年の震災や原発に関することをつぶやく方をいくらかフォローしていたのですが、これはこれで結構な負担になっているなぁと思い始めていました。 負担になっていると思われる理由は簡単なことで、主に反原発の方々の言葉遣いがしんどいんですよねぇ…( フォローしたのはあなたでしょうと言われたらそれまでなんですけど )。噛み付くどころじゃないんですよ、あれって。単なる批判を通り越した言葉を、恐らく会った事もない人に対して遠慮なく発しているというか。 そういった言葉を、見たくないなぁしんどいものなぁと感じるようになって、はっきりとした負担を感じ始めたのは去年の暮れあたりでしょうか。言葉にするのは難しいですけど、そのような変な気持ちが少しずつ私の中に浸透していったのでした。 それはそれで対処した方がいいなぁと思い、一旦、そういう方々をタイムラインから外してみました。というか、もうまとめて一つのリストにまとめてみたんです。言葉遣い関係なく、震災に関するつぶやきの方々を、それ用のリストを作って放り込んでみたんです。 さぁさぁ、どうだと。これでやっと一件落着だろうと思ったんですけど、これはこれでしっくりこない。何故だろうと思いつつ、よく見てみるとリストの方もうまいこと動いてくれていない。取りこぼしも明らかにある。さてさて、これはこれで役に立たないんなら意味ないぜってことになりますよね、いやいや本当に。 それ用のリストではなく、それ用のアカウントを作ってしまうかーとも考えたんですけど、それはそれで何だかなぁですよ。そういうことでもない、みたいな。 そうこうしつつ、Twitter 自体はよく見るんで早いとこ解決したいなぁと考え続けたんですけども。 で、結果としては、元に戻すということになりました。フォローを外した方々も再フォローして、タイムラインに再表示されるようにしました。 震災と原発問題、これらはもう日常のことなんだって意識が足りなかったんだろうなぁと考えたんです。当たり前のように存在するものだって認識をしてなかったんだなぁとね。 だって、私の住んでいる広島県の尾道市の線量、どれ程のものか知っていますか?何百キロと離れている尾道市が、0.2 マイクロシーベルトあるんですよ。驚きでしょう? それが発端でフォローを戻したとかではないんです。それを知ったのは昨日なんです。理解出来るまでに 1 日かかったという話ですよ。いやいや本当に。 チェルノブイリでもストレスが原因で病気にかかる人が多かったと聞きますので、考え過ぎなのもいけないのでしょうけど、それでも去年と同様、もしくはそれ以上に警戒していかないといけないぞと気を引き締めた私でした、はい。 いやぁ、それにしても、ここ尾道で 0.2 マイクロシーベルトですか。正直、どうしたものですかねぇ。